森山さんは島根県の子どもたち・若者の境遇、教育環境を変えるために日々熱意を持って仕事に取り組まれています。「若者が活躍できる社会を作りたい」その言葉に込められた想いを聞いていきます。
―仕事内容を教えてください。
地域・教育魅力化プラットフォームが全国に活動を広げていく中、島根県担当として県内の事業全般に関わっています。都会の中学生が島根県の高校で3年間を過ごす「地域みらい留学」や、高校生が自ら決めたテーマをもとにプロジェクトの実践を通じて学びを得ていく活動を支援する事業「しまねマイプロジェクト」、島根の高校を卒業した大学生や若手社会人のコミュニティづくり事業「ルーツしまね」をメインに担当しています。
―卒業生向けのコミュニティってどんなものがあるんですか?
関西(大阪)と関東(東京)で、「ルーツしまね」という、島根県にルーツのある大学生・社会人の若者たちのコミュニティをつくっています。島根を離れても、島根と自分の関わり方を見つけ、自分の距離感で、故郷と関わることを一人一人ができたらよいなと思って運営しています。帰る帰らないの二者択一ではなくて、遊び、学びやプロジェクト活動など様々な関わりを通して、自分なりの島根との関わり方と島根の仲間に出会える場所です。
―県外に出た後も、仲間と島根のために何をするか考える場所なんですね。外から島根を見ることで思いつく面白いアイディアも多そう。森山さんも一度東京に出て、Uターンされたんですよね?
そうですね。高校卒業後は東京の大学に通っていました。早く東京に出たいと思って、都会にでましたが、いざでてみると故郷島根の魅力や課題に気づいたり、島根を懐かしんだりしている自分に気づいて。それでも、島根の人なんて日常過ごしていたら出会えないし、島根との関わりってほとんどありませんでした。だから、同じように感じている人が集えたり、懐かしんだり、何か一緒にチャレンジしたり、故郷のために貢献したり、そんなことができるコミュニティをつくりたいと思うようになったのが最初です。
―外からは島根県を見たとき、何を感じましたか?
島根で受けてきた教育はとても閉鎖的だったなと思いました。世の中にはこんなにたくさんの生き方の選択肢と多様な価値観に溢れている。それでも、島根にいた18年間で出会えた選択肢や大人のロールモデルはとても限定的でした。
だからこそ、「社会に開かれた教育・学校」をつくりたいと思うようになりました。そして、成人式にひさしぶりに同級生に出会い、中学・高校時代に溢れていた彼らのエネルギーがどこか省エネ的になっている感じがして、若者のエネルギーを活かす企業の人材育成や職場の組織開発にも目を向けるようになりました。
そんな現状を変えたい。島根でいつかそういう課題解決をしたいと思っていたのが学生時代でした。
―なるほど。そういう背景と思いがあったんですね。そこからの経歴を教えてください。
最初は、人事コンサルティング会社にて、日本を代表する大手メーカー、大手商社から中小企業、ベンチャー企業など業界業種を問わず、様々な企業の人材育成や組織開発というチームづくりを支援する仕事をしていました。そこから、学生時代に関わっていたNPO法人が島根県に拠点をだすということで誘ってもらい、教育魅力化コーディネーターとして3年間働いていました。
現場で、学校と社会を繋ぎ、いろんな地域の大人に関わってもらい、教室をいろんな地域のフィールドに広げ、教育を地域に広げ、地域の多様な大人を学校に関わってもらえるように先生や行政の方々と一緒に取り組みました。
―現場の仕事から、なんで財団に移られたのですか?やりがいや大変なことはどんなところにありますか?
各学校の現場を下支えするために島根県だからできる大きな枠組み、高校や自治体を飛び越えて県単位の仕組みづくりにチャレンジしたいと思ったためです。一つの自治体や現場単位の動きを、全体の動きや仕組みにするための動きをしたいと。この財団に入って、色んな関係者と仕事をするようになりました。
県、高校、自治体、民間、大学と所属も立場や役職も違う人たちと事業を進めていく中で、共通認識や合意形成をはかることに苦慮することは多いです。それぞれが自分の立場や利益を優先してるうちはうまくまとまりません。立場や世代の垣根を超えてどれだけ一緒になって未来をつくれるのか。フラットに様々な団体と付き合える立場だからこそできる価値をだしていきたいですね。
―そうした積み重ねで新たな価値観を広めていくんですね。最後に今後の目標を教えてください。
高校生、大学生、若手社会人も含めて、若者がこんな大人になりたい、自分が動けば社会ってもしかしたら変えていけるかも、とおもえる社会をつくりたい。
人の意見や想いの総和が社会だから、声を上げて、声を届けようとしないと届かない。これだけ社会が変わっている中で、これからの時代を生きていく若い人にこそ、自分たちの生きていく社会に対して諦めない社会をつくりたい。そのために、権限や裁量を持っている人たちにきちんと若者の意見を届けること、若者たちがちゃんと社会に参画していける機会を作りたいんです。そんな若者たちと社会の橋渡しの役割を担いたいと思っています。