株式会社 石見銀山生活文化研究所

島根県 大田市

根のある暮らしを伝えたい

代表取締役所長 松場登美さん

石見銀山生活文化研究所はアパレルブランド群言堂を筆頭に衣・食・住・美と様々な事業を展開しています。お話を伺ったのは代表取締役所長の松葉さん。今回のインタビューではどんな事業をしているか、どうやって利益が出ているのか、そういったところは重要ではありません。“どんな生き方を自分は送りたいのか”それを心に思いながら読み進んでいただきたい記事です。


 

―どういったきっかけでこの会社を始めたんですか?

この町で食べていくためです。今でこそ世界遺産になって、整った街になったけど、私たちが帰ってきた40年前とかはもう悲惨な状態ですよ。ボロボロで若者もいなかったし。でも私は素敵だと思いましたね。だからこの街で生活をしていこうと思いました。

そのために子育ての間にパッチワークで小物などの商品を作り始めたんです。最初はその商品を夫が行商して売り歩いたんですよ。

―なぜ素敵だと思ったんですか?

この街には歴史もあるし自然もある、現代人が無くしてしまっているコミュニティの暖かさもある、その全てが美しいと感じました。ここでの暮らしは忙しい日常の中で見失ってしまった何か大切なことを思い出させてくれます。四季の移ろいを感じる喜びや、古いものを繕い活かす喜び、日本人が昔から育んで来た美しい生活文化この地にはあったんです。

―行商から始まって、そこからアパレルブランド群言堂を立ち上げたんですね。元々アパレル業界の経験があったんですか?

私はアパレルの仕事や勉強って一切経験がなかったんで、全くの独学で始めました。大変そうに聞こえるかもしれませんが、だからこそ独自路線でやってこれたんだと思います。自分が欲しいと思うものをただただ作って来たんです。

―そういったありきたりでない、他のものと違った良さが共感を呼び、事業を拡大されていったんですね。それ以外にもレストランや、宿も運営されていますよね。どういった経緯でオープンされたんですか?

私がデザインしたいのはライフスタイルなんです。確かに食事を扱ったり、宿泊できる環境は整えているんですが、これらはレストランや宿ではないんです。私たちがやっているのは、「ライフスタイル産業」なんですよ。

群言動も含め、私たちが行う事業は衣・食・住・美と多岐に渡りますが、その全てがライフスタイル産業です。

―ライフスタイルって生き方とも言えますよね、石見銀山生活文化研究所は生き方を表す会社とも言えるんですね。

私たちは日本人が古くから大切にして来た技術や生活文化を大切にしています。群言動の洋服でも里山から授かった植物を使って生地を染めたり、職人の優れた技でしか生み出せない織物を使ったりしています。

宿泊施設もそうです、今の人たちはかまどでお米を炊いたことがないと思いますが、ここではそういった昔ながらの日本人の生活を送ることができるんです。現在の経済優先、大量生産、消費、廃棄の世の中にそういった昔ながらの良さを届けることが私たちの仕事、だからライフスタイル産業なんです。

―企業理念で「復古創新」という言葉を掲げていますよね。ここにはそういった考え方が表されているんですか?

日本の美しい生活文化を次世代に伝えるためには、古きを活かしつつも、時代にあった変化を続けて行く必要があると思うんです。だから「復古創新」という言葉を企業理念にしました。ものを残さないと職人や技術は残らないんですよ。私たちの世代で過去から紡がれてきた連鎖を断ち切りたくないんです。

―今の時代はどうしても便利さや安さに焦点が合いがちですよね。

そうですね。みんな便利かどうかとか、経済的な指標だけで決めて、お金がかかるものは切り捨ててるこの社会で、まだ古くから残っているものもあると考えると、そこには絶対意味があると思っています。そういうものを私たちの手で残していきたいです。

―そういう意味ではここに会社があること自体が価値なんですね。

私はこの地に根を下ろし、事業をしていることはむしろ有利だと思っています。ここには競う相手はいませんし、自分たちのやりたいようにやれます。10軒の古民家を再生したりしたけど、こんなこと都会ではできないでしょう。だから都会ではできないことをやらないと意味がない。流行りものや安いものが欲しかったら都会に行けばいいんです。そういう商売をここでしようとは思わなかったですね。

やっぱり私たちはこの町が好きなんですよ。この土地があってこそのビジネスだと思っています。たまにガイドさんが、東京にもこのお店の系列があるんですよって言って下さってとても嬉しいんですが、私としてはここに本店があるということが誇りです。

―事業を行なって行く中で、心がけていることは他にもありますか?

たった一度きりの人生だから、儲かるからやる、とかでは自分の人生がもったいないと思います。この仕事をしていて、自分は幸せだし、私たちの商品を手に取った誰かが幸せを感じてくれればすごく嬉しいなという思います。事業を通してこういった生き方や、社会に何かを残せればいいですよね。

だから商品を販売する時も、ここでの暮らしの変化がわかるような内容を記載したポストカードを毎月無料で全国に配ったりとか、包装紙の裏に自分の思いを書いたりとか、そういうことをやり続けてきたんですよね。そういった私たちの考え、根っこの部分に共感してくれる人が増えて結果として事業が大きくなっただけなんです。

―そういった共感は今も増えて来ていますか?

ものだけだったらインターネットで買えるんですけど、最近はこの地にわざわざ海外とか全国から人が訪れてくれるようになりました。そういった人たちはここでものを買うことや、ここでしか会えない人に会ったりする体験にお金を払っているんだと思っています。そういった方々をみていると、世の中の価値が少しずつ変わって来たと思います。

―確かに、ものを買うことよりもそこにどんな体験、ストーリーがあるのかそういった付加価値などが評価されることが増えたと思います。

私たちはずっと、「この豊かな田舎の風景に価値が見いだされる時代がきっと来る」と信じて事業を行なって来ました。やっとそういう時代になって来たと思います。若者がここに越してきて、仕事をして、子供が生まれ、この地で昔ながらの生活文化を活かしつつも、人の営みが増えて来ました。少しずつ理想の町の姿になって来たと思います。

―現在抱えている課題はありますか?

ビジネスをやっている以上は、理想だけ立派でも無くなっていった事業っていっぱいあるでしょ。私たちは理想を持ち、それを実現するために会社を経営しているけれども、それを持続可能にしていくために経済優先の社会の中で利益を生んで行かなくてはいけないんです。

そうすると日々矛盾との戦いですよ。あまりに利益ばかり考えてしまうと、どっちが儲かるか、どっちが有利か、そんなことばかり考えてしまい、追い続けていたはずの理想と離れていってしまうと思います。そうならないようにするには自分の生き方にブレない軸があることが重要だと思っています。

―ありがとうございます。様々な場所でここでの生き方を伝えてこられたと思います。その中で若い人たちにはいつもどんな話をされていますか?

私たち大人が次の世代に伝えなくてはいけないものって多いんです。藁葺き屋根の建物で生活したり、まきでご飯を炊くことなんて、私たちが何もしなければ過去の文化としてなくなってしまうと思います。私たちが上の代から聞いてきたこと、実際に体験したこと、時代が進む中で便利さなどのふるいにかけられてもなお残っているものは日本人にとって本当に大切にすべきものだと思うんです。

そう言った文化を残したいから、若い人たち昔の写真を見せて、わずか数十年前の日本はこんな生活をしてたんだよ、蛇口をひねったら水が出てくるのは当たり前じゃないんだよっていうのを伝えたいと思っています。

もう一つ伝えたいのは、「心想事成」という言葉です。私たちは何かに取り組む時、難しいとか、ダメとか、無理とか、すぐに否定的な考えが頭をよぎってしまうと思います。でもできない理由は誰でも簡単にあげられるけど、そのままでは結局一歩も前に踏み出せません。

そうではなく、できると思うことが本当に大事なんです。あなたがしたい、やりたい、できると思う気持ちは誰にも邪魔できません。何かを成し遂げるにはまずは心でできると思うことが大切だと伝えています。そうして好きなことへ存分にチャレンジしてほしいと思います。

―心想事成、素敵な言葉ですね。最後に今後会社が目指して行く姿を教えてください。

この石見銀山という地域で「ああゆうところで生まれて、育って、生きて。そうして死んでいければ幸せだね」そう思ってもらえるような理想郷を求めていきたい。そのためにはビジネスをしっかりと続けて行くことも重要です。でもそれはお金儲けが目的ではありません。私たちのビジネスによって地域が活性化し、ここに暮らす人がより生き生きと生活できるようになればいいと思います。

そうした理想を追い続ける中で、海外にも進出しようとか、新たなジャンルにも進出しようといった具体的な案は考えていません。そういった戦略は時代によって変わって行くものなので今考える必要はないんです。一番大切なのはどんな時代でも、私たちの生き方、軸がブレないことです。

そうして私たちの手から、次の世代にここでの生き方が伝わっていって、その世代がまた私たちが描いた理想に向かって行く。ここに住むみんなはこの地を愛し、みんなが好きな事をしながらそれぞれの生き方を大切にしながら過ごして行く。そういった生き方に価値があるとみんなが気づいて行く、そんな時代が来ればいいなと願っています。

美しいまちで、働くこと